ルビーアイ Vol.001

◇アジトにて◇
「へっ、どうだい上玉だろ?」
広い部屋の中央に一人の娘が後ろ手に縛られ、床にころがされていた。
その周りをぐるっと盗賊たちが囲んでいる。
「ちょっと汚れちゃいるが見てみろこの白い肌。そしてこの顔・・・」
「あぁ、侍女風の服を着てはいるが、こんなところに侍女がいるのはおかしい。
 こりゃ本物かもな?」
ボス風の男が言った。
「と言うと、逃亡中のべスティアの王女・・・」
「この女を捕まえたとき、従者が4人いたらしいな?」
「へぇ、めっぽう強い奴らで10人以上で囲んでこっちも3人やられたぜ。
 最後は弓で全員しとめたがな。」
それを聞いて娘の目から再び涙が溢れ出す。
ボスは娘に近寄りあごをつかみ上を向かせた。
「変装なんかしたって、俺の目はごまかされないぜ。
 お前はベスティアの王女だろ?」
娘はキッとヒゲ面のボスをにらみつけ、顔を大きくそむけ汚いその手を振り払った。
「まぁいい。たっぷりと味見した後で、ガンドール軍に突き出してやる。
 なんせ奴らがお前にかけた報奨金は莫大だからな。」
「なんの役にも立たなかったこの国の王女さまが、最後には俺達の役に立ってくれるってもんだ。」
「お相手をしてくれる上に、大金まで払ってくれるってよぉ。へへへへへ」
手下たちが口々にはやし立てる。
「お楽しみはあとだ。この姫さまを、となりの部屋の檻に閉じ込めておけ。」
ボスの指示で手下が2人ほどニヤニヤしながら娘を隣の部屋に引き立てていく。

大粒の涙が床に零れ落ちる。
こんな野蛮な男たちの慰み者になるくらいなら舌を噛み切って死んでやる・・・
どんなに辛くても必ず生き延びるって父に誓ったばかりなのに・・・
私のために死んでいった彼らのためにも絶対生き延びなければならないのに・・・

涙ながらに部屋のすみに目をやると、そこに横目でこちらを見ている女性がいる。
ウェーブのかかった長いダークブロンドの髪、
切れ長の目に筋のとおった鼻、そして真っ赤な唇。
光をはじく白く丈の短い服に銀ラメの入った黒い帯。
腕を胸の下で組み、腰から見える白い脚を斜めに重ね合わせ椅子に浅くこしかけている。
この男たちの情婦なのか、それにしてはちょっと不釣合いな女性だ。
”助けて。お願い助けて!”
娘はすがるような目で女性に訴えかけた。


檻と呼ぶにふさわしい、いかにも動物を入れておく鉄格子の箱。
その檻の中に娘は放り込まれていた。
涙があとからあとから溢れ出す。
どうしてこんなことになってしまったの?
幸せだったあの頃から・・・なぜ?
この檻の中にいる間はなんとか無事でいられる・・・
男たちに連れ出されたら・・・
慰み者にされるくらいなら・・・
でも以前聞かされたことがある。
舌を噛み切って死ぬなんて、ほとんどできないって・・・
どうしよう・・・どうしたらいいの?

ガシャンと部屋の鉄扉が空いた。
その音に娘は震え上がった。
男たちが来た・・・
近づいてくる。
檻の前で足音が止まった。
恐る恐る見上げると、そこには先ほどの女性が立っていた。

「お願い!助けて。お願いします。」
娘の嘆願には応えず、女性は赤い唇をペロッと舐めてから言った。
「ふ〜ん、可愛いじゃん♪」
顔から胸元、そして腰から脚へと全身をゆっくりと嘗め回すような目で娘を眺める。
「お、お願いです。助けてください。お礼ならいくらでもします。だから助けて!」
「お礼するったって、あんたには何もないじゃん。」
目を細めて、からかうように女性が言った。
「いえ、今はなくても私を親類のところまで連れて行ってくれたら、いくらでもお礼いたします。」
「そんなあてにならないもん誰が信じるの?」
「あぁ、信じてください。お願いします。助けてくれたら、なんでもします。」
「ふ〜ん、なんでも?」
「は、はい、なんでもします。」
ここで助けてもらえなかったら終わりだ・・・
娘は必死だ。
「そっ、じゃぁお礼は身体で払ってもらおうかな♪」
「か、身体・・・ですか?」
「そっ、貴女の身体♪」
「え、えっと・・・」
「男どもの慰み者になったあと売られていくか、私の慰み者になるか、どっちを選ぶかって聞いてるのよ♪」
娘の反応を楽しむようにニコニコしながら女性が言う。
「え、え〜っ」
ま、まさか・・・
「し・失礼ですが、あ・な・た・は・女性ですよね?」
少し遠慮がちに娘が尋ねる。
「そうよぉ、私は美しいものが好きなの。あんたは私の好みだわぁ♪」
わざと官能的な視線で娘を撫で回す。
「そ、そんな・・・」とたんに娘はちょっとひいた。
ふふふ・可愛い・・・この反応が可愛いいわ♪
「どうするの?」
女性が優しくささやく。
「このまま盗賊どもに犯されまくってから、ガンドール売られていく?
 売られた先でも犯されつづけるだろうけど。それも悪くないって娘もいるでしょう♪」
そうなのだ、ここでこの男たちからの陵辱を耐えぬいたとしても、
ガンドールに突き出されたあとも同じように死ぬまで辱めをうけるかもしれない。
あの卑劣な連中ならやりかねない・・・
「簡単に言えば、一生多くの男どもに犯されまくるのか、一生私の慰み者になるのかの選択よ。」
「い、一生?」
「あたりまえじゃん、男どもも私も1回や2回で解放してもらえるとでも思ったの?」
そ、そうよね・・・
ガンドールに捕まったら処刑されると覚悟はしていた・・・
でも、この人が言うように散々慰み者にしてから処刑、もしくは死ぬまで一生辱められるかもしれない・・・
今、助けてもらわなければ・・・私は
それに助けてもらえさえすれば、なんとかなる・・・
「お、お願いします。助けてください。」
「一生、私のペットになる?」
「・・・は、はい・・・」
下を向いて震えながら娘が答える。
このしぐさ、可愛い・・・胸がキュンってくる♪
「そっ、じゃぁ決まりね♪」

女性はふところから金属の棒のようなものをとりだした。
檻の扉にかかっている錠の一番弱そうな曲がった部分にその棒を差込み
両手で右から左へ半円を描くように回した。
バキッと鈍い音がして錠がはずれた。
こんな簡単に開くんだ・・・
娘はちょっと驚いて女性の顔をみた。
女性がニコッと微笑む。
あ・結構綺麗な人・・・
娘の縄をほどきながら女性が言う。
「私の名はルビアン。あんたは?」
「わ、私は・・・ティナ。」
「そう、ティナっていうの、可愛い名前ね♪」
「そ・そうですか?」
顔をちょっと赤らめてティナが言う。

「さ、こっちよ。」
ルビアンが外に通じる扉をこじ開けた。
盗賊のアジトから外へ逃げ出す。

ルビアンが急に立ち止まった。
その背中にティナがぶつかる。
ルビアンの前に人影が多数ある。
「こんばんは、槍遣いの姉さん。こんな夜更けにどこへ行こうってんだ?」
盗賊たちだ。
「それも俺達の今夜のメインディッシュを連れて。」
ボスも含めて10人以上いる。
「あぁ、この娘に雇われちゃってさ。今からここ抜け出すところよ。」
「ほーお、仕事にありつけたのかい?そりゃ良かった。でもよ、人の獲物を横取りしちゃぁいけねぇなぁ。」
盗賊のボスがヘラヘラしながら言う。
「いい儲け話があるっていうからここまで来たけど、なんにもないじゃん。だからこの娘に雇われることにしたのさ。」
「ふっ、儲け話ってのはあるにはあるんだが、俺の本当の狙いは、姉さんのその槍なんだな。」
「ほぉ、この槍の価値がお前にもわかるんだ?」
「おーよ、しがない傭兵家業をしちゃぁいるが目利きだけは自信があってな。」
「盗賊家業の間違いだろ?」
「同じことだろ?」
「よく言うよ。」
「最初にその槍を見たときにピンときてよ、これは相当な業物だってな。
 でもよ、いきなり最初に5人もやられちまったんでここへ誘いこむことにしたんだよ。
 いい儲け話があるって、さっ。
 槍も気に入ったが、姉さんも相当な絶品だからな。一石二鳥ってとこだぜ。」
「ふ〜ん、手のこんだことで。」とルビアン。
「そしたらどうだい。眠り薬もしびれ薬も、なーんに効きやしねぇ。酒に毒をもったら今度は飲まねぇ。
 八方ふさがりでどうしようか悩んでたところに、このお姫様のご登場だ。なんか進展があるなと思ってたやさきだぜ。」
「ふ〜ん、そう♪」
と言いながらルビアンが槍を構える。
槍といっても穂先は片刃の大刀。
幅広の太刀(たち)の柄の部分を長くした形で偃月刀(えんげつとう)と称されることもある。
柄は純白に凝った金の装飾が施されており、武具に興味のある者なら一目でその価値を悟るであろう一品である。

「気をつけろ、絶対近づくな!弓隊、前へ出ろ!!」
ボスが命令する。
「脚を狙え!弓で動きを封じろ!その後で縛り上げて、ヒーヒー言わせてやるぜ。」
ボスがニヤッと笑う。
「ティナ、私が伏せろと言ったら、地面に寝そべるんだ。いいな?」
「は・はい・・・」
ティナが消え入りそうに応える。
も・もうだめだ、逃げられない。2人ともこの男達に・・・
なんとかなるかもと淡い期待を持った後だけに、ティナの絶望感は大きかった。
「伏せろ!」ルビアンがティナに叫ぶ。
「撃てーっ!!」同時にボスの号令。

光が一閃。
幾人もの悲鳴。
大きな刃先が月の光をうけて弧を描く。
続けて一閃。
とどろく断末魔の叫び声。
横・斜めにと光の弧が闇夜を照らす。
一瞬にしてあたりに静寂がよみがえった。