ルビーアイ Vol.004

◇朝◇

「おっせーな。宿屋の主人にきちんと聞いたんだろうな、今日チェックアウトだって?」
「あぁ、さっき確認したから間違いないよ。」
「しっかしよぉ、こんな町に3泊もして何やってんだろうな。宿からも全然でてこねぇし。」
ルビアンの宿泊している宿の向かい側で待つガストンがサンにぼやく。
「こんなところにのんびりしてたら、いつサンジェルマン庸兵団の残党がかぎつけてくるかわからねぇってのによう。」
「あ、出てきたよ!」
ルビアンとティナが宿屋から出てくるのをみつけたサンが叫ぶ。
「やーっと出てきたか。朝から待ちくたびれたぜ。」
ガストンが荷車から腰をあげて近寄ろうとした瞬間
青い制服を着た連中がドヤドヤとルビアンとティナを囲んだ。
「や・やつら、この前の連中の仲間だ。」
ガストンが言う。
「仕返しにきたのかな?」
サンが不安げにつぶやく。
ティナがルビアンの後ろに隠れる。
「なんだ今度は。5人じゃ勝てないんで50人で来たのか?」
ルビアンが大人数で囲む男達を早速挑発する。
1人の男が前へ出てきて
「私はパオと申します。先日は大変失礼した。お1人相手に5人で手合わせとは。我が道場始まって以来の醜態です。」
と言って頭を下げた。
周りの男達も全員頭を下げる。
「仕返しじゃなかったんだ。よかった。」
とサンがつぶやく。
「いいや、本番はこれからだ。」
とガストン。
「今回はその腕を見込んで、ぜひお手合わせ願いたいと私どもの師範代が申しておりまして。いかがでしょうか?」
「ほーら、きた。結局果し合いの申し込みだぜ。この前の仕返しだ!」
ガストンがルビアンに聞こえるように叫ぶ。
「ふんっ、よかろう。相手になってやるよ。」
ルビアンが冷ややかに言う。
「お・おい、師範代って・・・まさか。」
「そ、そうだよな。確か師範代だったはず。」
ルビアンや道場の男達をさらに囲む雑踏が師範代と聞いてざわめきだす。
「おい見ろよ、彼女だ。この前ベルメ達有段者5人を一瞬で倒した。」
「こ・これはすげーカードになるぞ。」
群集のざわめきをよそにパオが続ける。
「ありがとうございます。では、日時と場所ですが、本日正午、場所は・・・」
「大層なことだな。今すぐ連れて来い。でなきゃお前たちに相手をしてもらおう。」
ルビアンが男達にむけて槍を突き出す。
「なに!言わせておけば、このあま!」
男達の1人が叫ぶ。
「私は旅をしているんだ。これから出発する。勝負を申し込んでおいて正午まで待てとはどういうことだ?」
ルビアンがあきれたように言う。
「旅なんぞここでおしまいだ!貴様はここでおわりだよ!!」
「師範代の力を借りる必要なんかない。俺達でケリをつけようぜ!」
男達が口々に叫ぶ。
「ま、待て!すぐ師範代を呼びに行け!
 剣士様はもうお発ちになる、すぐ来るように伝えよ!」
パオが2・3人を指差し命令する。
「ここで我らが戦えば、師範代の顔をつぶすことにもなる。いいな、わかったか。」
そしてその他の男達にも指示する。
「は・はいっ!」
男達はしぶしぶ返事をする。
「申し訳ありません。おっしゃるとおりです。
 名前ばかりが有名になり我々は少々天狗になっておりました。
 旅のお方に勝負を挑んだ者が、時と場所を指定するなどとは言語道断。心から反省いたします。」
とパオが深々と頭を下げる。
「礼儀もわきまえない田舎道場だと思っていたが、きちんとした人物もいるようだな。
 有名になるくらいだ、それなりの人物がいて当然のことか。」
ルビアンが男達に言う。
男達は顔を見合わせそれぞれ頭を下げる。

「おーい、たいへんだ!バシリカが試合をするぞ!!」
「な・なに?バシリカ様が、果し合い!」
町中が騒然となっている。
「聞いたか?バシリカ殿が果し合いをするらしいぞ。」
ランディスがジェルに言う。
「おい、バシリカ殿の試合はいつどこで行われる?」
ジェルが騒ぎ立てる男の1人を捕まえて聞く。
「いまから、中央広場だ!バシリカの試合だ!こんな試合めったに見れないぞ!!」
賭けの胴元に雇われた男なのか、やたらあおりたてている。
「行きましょう。たしかにこんな試合、めったにお目にかかれない。」
ジェルがランディスに言う。
「そうだな、急ごう!」
2人は中央広場に向かう。

もうすでに試合の行われる場所には多くの人が集まりごった返している。
「バシリカに500だ!」
「さぁ、さぁ、どっちに張る?両方には賭けらんねぇ、片方だけだ!」
「俺はバシリカに1000!」
「バシリカが果し合いなんて何年ぶりだ?」
「バシリカ様に勝負を挑む奴がいるなんて信じられねぇ!どんなバカが挑んだんだ?」
「世間知らずのお坊ちゃまか、自分じゃ強えぇって思ってる三下風情だろう。」
「両方に賭けたら失格だ、掛け金は没収だかんな!」
「同じくバシリカに1000」
「どんな人がバシリカ様に挑戦するの?」
「なんでも町に来たばかりの新人らしい・・・」
「新人風情にバシリカも舐められたもんだぜ。」
「バシリカだ500!」
いろんな声が飛び交う中、人ごみをかきわけランディスとジェルが進み出る。
「そこの騎士さんはどっちに賭ける?」
「ん、私か?私は・・・」
と言ってランディスが中央でにらみ合う2人を見る。
「ル・ルビアン殿!」
ランディスが叫ぶ。
「い、いけない!その男が大剣豪バシリカですぞ!!」
とジェル。

「き、きたねぇぞ!お前ら!!師範代とかなんとかぬかしやがって、その実、大剣豪バシリカじゃねぇか!」
「この卑怯者!!」
「この試合は無効だ!虚偽の申告があった!無効だ、無効だ!!」
ガストンとサンが叫ぶ。
「そうよ、旅人相手にだますなんて卑怯だわ!」
「女性相手に、お前達には誇りってもんがないのか!」
大剣豪と呼ばれるバシリカの前に立つルビアンとティナを見て同情の声が集まる。
「バシリカに試合がないからって、なにも知らない新人に果し合いをさせるなんて剣士のすることか!」
大剣豪バシリカはこの町の誇りだが、道場のやりかたには不満を持つものが多い。
「町の誇り、バシリカ様の名を貶めるつもりか?貴様ら!!」
群集がパオ達に詰め寄る。
「だ・大丈夫だ。試合にはならん!」
とパオが弁明する。
「勝手なことを抜かすな!」
「そうだ、そうだ!あのお嬢さんがバシリカ様のことを知らないのはもう明白じゃないか!!」
「バシリカ様のこと知らなきゃそのまま試合じゃないの!」

「一時、考える時間を与えたつもりだったのだが・・・
 その意味さえも熟考いただけなかったようだな。」
シリカがルビアンに言う。
「愚鈍な者はその愚鈍さ故に身を滅ぼす・・・か。」
シリカがゆっくりと真剣を抜く。
群集がどよめく。
悲鳴が聞こえる。
「だまし討ちの上に真剣抜くのか!大剣豪が聞いてあきれるぜ!!」
ガストンが叫ぶ。
「木剣でも真剣でも結果は同じ。ならば敬意をこめて真剣にてお相手いたしましょう。」
シリカが真剣を抜いたことによって周りの空気がいっぺんに緊張する。
「やめたほうがいい、お嬢さん。相手は大剣豪と呼ばれるバシリカだ。」
「そうよ、何があったのか知らないけど相手にしないほうがいいわ。」
果し合い見物に慣れているこの町の人々も真剣を抜く光景はほとんどお目にかかっていない。
「相手が悪い。この国では有名な大剣豪だ。負けを認めて去ったほうがいい。」
「手合わせを受けたは勇気ある証拠。ここで引くも誰もおぬしを責めはしないだろう。」
シリカがルビアンに言う。
「ルビアン殿、ここは納めたほうがいい!」
ジェルが叫ぶ。
ちらっとジェルを見るも、ルビアンはゆっくりと槍の穂先から鞘を抜く。
穂先といっても太刀以上の大きさがある大刀だ。
刀身が朝日を浴びて鋭く反射する。
「死にいそぐか? 誰もがうらやむ容姿をもって生をうけたというのに。
 道を間違えるのも人なれば、選択を誤るのも人生か。」
シリカが愚かなと言わんばかりにルビアンに語る。
「ぬ・抜いちまった・・・」
ガストンがささやく。
2人は真剣を抜いて対峙する。
「ま・まずいな!」とランディス
「槍の長さも、剣技を極めればなきに等しい。
 身体と精神を鍛えれば、おのずと見えてくるものだ。相手との距離というものが。」
シリカが悦にいって語る。
「おぬしには見えぬのか、拙者との距離が!」
さらにバシリカが続ける。
「さっきからぶつぶつと、大剣豪とは口だけか?
 口ばかり達者になって、肝心の剣のほうは錆付いてしまってるんじゃぁないのか?」
「神が与えたもうたその器量があれば、幸せな人生も送れたものを・・・道をあやまればそれすら気づかぬか!」
シリカの正眼の構えに気合が入った。
ルビアンが突きの姿勢をとる。

「こいっ、未熟さゆえんに死に急ぐ者よ。」
周囲に緊張が走る。
ルビアンが地を蹴る。
すかさずバシリカが突っ込む。
「はーっ!!」
シリカの気合の一声がとどろく。

シリカがつんのめって倒れこむ。
その背後に滑りこみながらルビアンが着地。
「・・・!」
群集は沈黙。
宙を黒いものが舞う。
「・・・っ!」
ボトッと鈍い音とともにその物体がおちてきた。
「えっ!」
シリカの頭だ。
「お、おおおおおおおおお!!」
「きゃーっ!!」
「な、なんと!!」ジェルが叫ぶ。
「ま・まさか!!」とランディス
「あ、ありえない・・・」パオが驚愕。
「やっ、やったぁぁぁぁぁぁ!!やったぜルビアン!!」ガストンが大騒ぎ。
「やったぁ、やったぁ、やったぁ!!」サンがガストンに抱きつく。
ティナはルビアンに駆け寄り震えている。
「バ・バシリカが・・・」
「大剣豪様が・・・」
「大剣豪が、やられた・・・」
目の前で演じられた光景がいまだに信じられないとばかりに群集が驚嘆する。
「あ・・・バ・シ・リ・カ・様・・・」
愕然とする門下生達。
「次!」
ルビアンが槍を振りかざし回りを囲む制服の男達に言う。
震え上がる門下生達。
「お、おみそれしましたっ!
 わ・我々の負けにございます。
 こ、これはお時間をいただいたお詫びにございます。」
とパオが門下生の1人に指示して小箱をルビアンに差し出す。
と、ガストンが早速しゃしゃり出てきて、小箱を奪い取り中身を確認する。
「ふんっ、じゃぁこれで今日のところは勘弁してやるぜ。」
ガストンが仕切る。
「お前ら、こっちは既に真剣抜いてんだ!
 あと何人ぶっ殺そうが一緒なんだよ。
 とっととうせやがれ!!」
取り囲んでいた門下生達がザッと引く。
「パオとかいったな。ちょっと待て!」
ガストンがパオを引き止める。

ルビアンの周りは群集がつめかけ大騒ぎになっている。
「すっげぇ!すっげぇもんみせてもらった!!
 バシリカは俺達の誇りだったが、それを一瞬にして倒すたぁあんた、すげぇよ!!」
「すごいわぁ!私感動してしまいました!同じ女性として貴女を誇りに思います!」
「少ないがこれとっておいてくれ、ご祝儀だ。」
「私からも、これ、お祝いですわ。」
サンだけではご祝儀の回収が間に合わず、
ティナもルビアンの周りに寄り添って大きな袋を持っている。
「はい、はい、ご祝儀はここにお願いしますよ。」
袋をもって群集の中をうろうろしているジェルを見つけ
「ジェル、何をしている?」
ランディスが問う。
「あーっ、ランディス様、人手が足りないようなのでちょっとお手伝いを
 困っている女性を見かけたらすぐお助けするのが騎士の心得。はははははははっ」
ティナが申し訳なさそうにジェルを見つめている。
その瞳に気づいたランディス
「おっ、そういうことであれば私も。」
と言ってご祝儀集めに参加する。

「あのな、群集の手前あぁは言っといたが、ぜんっぜん足りねぇんだけど。
 お前ら相場ってのがわかってねぇらしいな。桁が一つ違うぜ!」
ガストンがパオの肩に腕を回してぶつぶつ言っている。
「えっ、しかしそんな大金・・・」
とパオが困惑した表情で言う。
「道場があるから食っていけるんだろ?
 それとも何かあのまま皆殺しにされたほうがよかったのか?
 行く先々で同じことが起こるだろうけどよ、
 カラルのバシリカ道場だけが大剣豪の師範代までだしときながら
 和解金たったの10万ダラしか払えなかったって触れ回るぞ。
 あそこはもう潰れるって噂も立つぞ、それでもいいのか?」
「わ、わかった・・・師範達と相談して。また回答する。」
「ようし、使いは東によこしな。俺達はこれから東に向かうからな。」
ガストンがダメ押しの折衝を終え、ご祝儀集めに回りだす。

「ルビアンの槍は、そこいらの道場剣法じゃねぇんだ。本物の実戦剣技なんだよっ!
 真剣抜いちゃぁ、そっの時点でおさらばってもんだ!
 ここだけの秘密だがな・・・
 お前ら、あの冥府魔道も震え上がるって有名な3天将軍ルビーアイって知ってるか?
 なにを隠そうそのルビーアイってのは姉さんのことだぜ!!」
「な・なんだって?」
「ほ、本当か?」
「そ、それであんなに強いのか!」
「へっへ〜ん。おいお前ら天下のルビーアイ様にご祝儀はどうなってんだ?
 修羅や悪鬼、魑魅魍魎をも撃退するルビーアイ様に祝儀も払えないようなやつらには、厄災が降りかかるぜ!
 はい、はい、ご祝儀、ご祝儀〜!!」
「お〜〜〜っ!!」
ガストンの持つ帽子には祝儀が山のように集まる。